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人的資本経営はなぜ不可逆か人材関連株の業績と選別軸を読み解く

by 斎藤 裕也
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はじめに

「人的資本経営」は、数年前までなら統合報告書の流行語で片づけられる余地がありました。しかし2026年春の日本企業をみると、もはや雰囲気だけのテーマではありません。賃上げを継続しないと採れない、採っても育てないと定着しない、そして投資家には人材戦略を数字で説明しなければ評価されにくいという三重の圧力が、企業行動を変え始めています。

とくに株式市場では、「人手不足が深刻だから人材株が上がる」という単純な見方では足りません。重要なのは、人手不足そのものではなく、人への投資をどう収益化しているかです。採用仲介、研修、タレントマネジメント、技術者派遣のどの領域でも、売上成長だけでなく、利益率、稼働率、継続課金、KPIの質で差が出ています。この記事では、人的資本経営がなぜ不可逆になったのかを制度と労働需給の両面から整理し、そのうえで好実態の人材関連株をどう見分けるかをIRベースで読み解きます。

不可逆化の制度背景

開示ルールの拡張

人的資本経営が後戻りしにくくなった第一の理由は、開示が「任意の美談」から「経営戦略の説明責任」へ移ったことです。東京証券取引所は、コーポレートガバナンス・コード補充原則3-1③について、人的資本への投資は業種や事業特性を踏まえた経営資源配分として適切な情報開示が期待されると明示しています。つまり、人的資本はESGの一部ではあっても、株主から見れば本質的には資本配分の論点です。

その流れを実務に落とし込んだのが、経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」でした。ここでは、経営戦略と人材戦略の連動をどう具体化するかが主眼だと整理され、人的資本経営をチェックリストではなく変革の実践として扱っています。2026年3月には内閣官房、金融庁、経済産業省が「人的資本可視化指針」の改訂版を公表し、人的資本投資と人材戦略をどう開示すれば投資家との建設的対話につながるかを改めて整理しました。制度面は、もはや「開示するかどうか」ではなく、「戦略と指標をどうつなぐか」の段階に入っています。

この変化は市場にとって重要です。なぜなら、人的資本に積極投資する企業ほど、採用費、教育費、報酬制度、離職率、管理職育成、DX人材比率といった指標を説明しやすくなり、逆に説明できない企業は単なる人件費増として見られやすいからです。人的資本関連株をみる際も、業界テーマの追い風より、企業がどこまでKPIを投資家に開いているかが、評価の分かれ目になりつつあります。

賃上げノルムの定着

第二の理由は、賃上げが一過性で終わりにくくなっていることです。労働政策研究・研修機構がまとめた連合の2026春季生活闘争第1回回答集計では、定昇込みの賃上げ率は5.26%、賃上げ額は1万7,687円でした。300人未満の中小組合でも5.05%と5%台を維持し、有期・短時間・契約等労働者の引き上げ率は6.89%に達しています。2026年春の時点で、日本企業は大企業だけが賃上げする局面を過ぎつつあります。

しかも、この賃上げは景気循環だけでは説明できません。厚生労働省の2026年2月の一般職業紹介状況では、有効求人倍率は1.19倍、正社員有効求人倍率は0.99倍でした。倍率だけを見ると極端な過熱感はありませんが、日銀短観では2026年3月調査の雇用人員判断DIが全規模合計でマイナス38でした。大企業がマイナス28、中堅がマイナス39、中小がマイナス40で、6月見通しは全規模でマイナス42です。企業側の実感としては、採用市場は依然として「足りない」が基調です。

ここが重要な転換点です。人手が足りない局面では、賃上げはコストではなく供給確保策になります。さらに、採用だけでなく、定着、再教育、配置転換、技能の見える化まで進めないと、賃上げの効果が利益に戻りません。人的資本経営が不可逆なのは、制度が求めるからだけではなく、労働力の希少化によって企業側が実務上そうせざるを得ないからです。賃上げを抑えても採れない、採っても育てなければ回らない。この構造が続く限り、人材サービス、教育、HRテックへの支出は景気減速局面でもゼロになりにくいと考えられます。

市場が見直す人材関連株の条件

採用・マッチングの収益力

人材関連株の中核は、やはり採用・マッチングのプラットフォームを持つ企業群です。ただし市場が本当に評価するのは、単に求人数が多い会社ではありません。高い広告単価や課金単価を維持できること、景気の減速局面でも利益率を守れること、そして国内外の需給変化をまたいで成長余地を示せることが必要です。

その基準でみると、リクルートホールディングスは依然として別格です。2026年2月公表の2026年3月期第3四半期決算では、9カ月累計の売上収益が2兆7367億円で前年同期比1.5%増、営業利益は4956億円で21.1%増、親会社株主帰属利益は3949億円で15.6%増でした。通期のEBITDA+S見通しも7335億円から7638億円へ引き上げています。売上の伸びは大きくありませんが、利益成長が明確で、しかもネットキャッシュは6482億円あります。人材サービス株として評価されやすいのは、この「景気敏感でも財務が厚い」という特性です。

パーソルホールディングスも、テーマ性だけでなく数字が伴っています。2026年2月公表の2026年3月期第3四半期説明資料では、9カ月累計の連結売上収益が1兆1542億円、調整後EBITDAが680億円、営業利益が539億円でした。通期計画に対する進捗率は、売上で75.0%、調整後EBITDAで78.7%、営業利益で81.8%です。内訳を見ると、Staffingが4571億円、Careerが1144億円、Technologyが920億円と、派遣、転職、技術者領域の分散が効いています。景気局面ごとのブレはあっても、一つの商材だけに依存しない構造は評価材料です。

この2社に共通するのは、単なる求人需要の受け皿ではなく、求人企業の採用効率改善や、求職者データの蓄積、複数セグメントの分散効果を持っていることです。人的資本経営の流れが強まるほど、企業は「採用数」ではなく「採用の歩留まり」や「必要人材の充足速度」を重視します。そのとき、広告枠を売るだけの会社より、マッチングや業務設計まで関与できる会社に資金が向きやすくなります。

研修・技術者供給の厚み

もうひとつ見落としにくいのが、採用後の価値を押さえている企業です。人的資本経営が本格化すると、採用市場だけでなく、教育、リスキリング、配置最適化、現場供給の領域に支出が広がります。ここでは、売上成長率だけでなく、継続課金の有無や人材供給能力の厚みが選別軸になります。

インソースはその代表例です。2026年9月期第1四半期決算説明資料によれば、売上高は37億6442万円で前年同期比7.2%増と過去最高でした。一方、営業利益は14億1144万円で前年同期比58百万円の減益でした。これだけを見ると勢いが鈍ったようにも見えますが、月次KPIをみると印象は変わります。2026年2月度のKPIでは、講師派遣型研修の実施回数が前年同月比106.2%、公開講座受講者数が108.3%、公開講座のDX関連受講者数が149.8%、LMS「Leaf」のアクティブユーザー数が119.6%でした。足元の利益は人員増や固定費の先行負担で圧迫されても、需要面はむしろ堅いという見方ができます。

研修株を見る際に大切なのは、単発研修の本数だけではありません。研修コンテンツがDXや管理職育成の定番メニューとして企業内に組み込まれるか、LMSなどのストック売上へつながるかが重要です。賃上げが続く局面では、企業は「高い賃金を払った人材をどう戦力化するか」を問われます。そこに継続的に関与できる企業は、景気敏感株でありながら、サブスクリプション要素を持つことで評価が安定しやすくなります。

オープンアップグループは、労働需給逼迫をより直接に収益化しているタイプです。同社のIRデータによると、2025年6月期の売上高は1879億円、営業利益は162億円、国内技術者数は2万4466人、機電・IT・建設領域の稼働率は93.9%でした。さらに、1人当たりの研修時間は41.64時間、2021年4月から2025年6月までの資格取得件数は1万6302件に達しています。単に人を送る会社ではなく、未経験層を育成しながら技術者供給を増やすモデルが見えてきます。

この領域では、採用難そのものが追い風とは限りません。採れない会社は供給能力が細り、賃上げコストだけが膨らみます。逆に評価されやすいのは、研修体制と現場配属力を持ち、稼働率を高位で維持できる会社です。技術者派遣や建設技術者派遣の分野では、人数の絶対値、稼働率、教育投資の蓄積が、そのまま将来の売上の天井を規定します。人的資本経営が強調されるほど、「人をコストとして抱える会社」より「人を育てて供給する会社」の希少性は高まります。

注意点・展望

もっとも、人材関連株なら何でもよいという局面ではありません。第一に、人的資本経営の追い風は業界全体に及んでも、利益の出方は大きく違います。採用広告や紹介が中心の会社は景気減速や企業の採用選別の影響を先に受けやすく、教育やLMS、派遣後の定着支援まで押さえる会社の方が収益の粘りが出やすいです。

第二に、賃上げの定着は人材会社自身のコスト上昇も意味します。人材関連企業は、自社の営業、人事、講師、エンジニアの処遇改善も迫られます。そのため、売上成長だけでなく、価格転嫁力、単価改定力、販管費コントロールを見なければなりません。リクルートのように利益率改善と財務余力を同時に示せる会社と、需要はあるが先行投資で利益が伸びにくい会社では、同じテーマ株でも評価水準は変わります。

第三に、投資家との対話が進むほど、人的資本開示はスローガンでは通用しなくなります。女性管理職比率や研修時間を並べるだけではなく、その数字が事業成長や利益率とどう結び付くのかが問われます。今後は、有報や統合報告書で人材戦略を具体的に語れる会社ほどプレミアムがつき、抽象的な開示にとどまる会社は選別される可能性が高いです。

今後の焦点は、2026年度以降の賃上げがどこまで企業の価格転嫁と生産性向上に結びつくかです。もし賃上げが単なるコスト増に終われば、人材関連株への評価は限定的です。一方で、採用効率化、教育、配置最適化、技術者供給の各領域で付加価値の高い企業が業績を伸ばせば、人的資本経営は短期テーマではなく、中期の投資軸として定着していくでしょう。

まとめ

人的資本経営の潮流が不可逆といえるのは、制度改正だけが理由ではありません。コーポレートガバナンス・コードで人的資本投資の開示が求められ、人材版伊藤レポート2.0と2026年の可視化指針改訂で実務の枠組みが整い、さらに春闘の5%台賃上げと日銀短観の強い人手不足感が、企業に現場対応を迫っているからです。開示、賃上げ、労働供給の三つがそろったことで、「人への投資」は後戻りしにくい経営テーマになりました。

株式市場で注目すべきなのは、この流れを本当に利益へ変えられる企業です。リクルートやパーソルのようにマッチングと分散収益を持つ企業、インソースのように教育需要をストック化できる企業、オープンアップのように育成を通じて技術者供給力を拡大できる企業は、単なる人手不足関連ではなく、人的資本経営の実装メリットを収益化できる銘柄群としてみる価値があります。テーマで買うより、開示の質と業績の質で選ぶ局面に入ったとみるべきです。

参考資料:

斎藤 裕也

テーマ株・材料分析

テーマ株・材料株の発掘と分析を得意とする。企業の IR 情報と業界動向を結びつけ、投資家目線で銘柄の「次の一手」を読む。

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