日本株SaaS再評価の条件とは 売られ過ぎ修正と業績改善を読む
日本株SaaS再評価を促す需要変化
日本の株式市場でSaaS関連が再び注目され始めています。ここ数年のSaaS株は、成長期待の大きさゆえに金利上昇の逆風をまともに受け、業績が伸びていても評価が切り下がりやすい局面が続きました。半導体やデータセンターのような大型テーマに資金が集中するなかで、SaaSは「まだ利益が薄い成長株」と見なされやすかった面もあります。
ただ、足元では前提が変わり始めています。企業のクラウド利用は着実に広がり、中堅企業のIT投資も強まり、AIの実装局面ではデータ連携や業務ソフトの更新需要がむしろ追い風になります。この記事では、SaaS株が売られてきた背景を整理したうえで、なぜ今見直し機運が強まりやすいのか、どの企業群が評価修正の恩恵を受けやすいのかを読み解きます。
SaaS株が売られてきた背景
金利正常化とバリュエーション圧縮
SaaS株の逆風を考えるうえで外せないのが金利です。日本銀行は2025年1月24日の決定で無担保コールレートを0.5%程度へ誘導し、さらに2026年3月19日には0.75%程度へ引き上げました。将来利益の比重が大きい成長株は、割引率が上がる局面で理論上の企業価値が下がりやすく、足元の利益水準が低い銘柄ほど厳しく評価されやすくなります。
SaaSは典型的に、先行投資で顧客基盤を広げ、後から利益率を高める事業です。そのため、金利が低い時代には「将来の大きな収益」を高く織り込まれましたが、金利が上がると同じ成長率でも許容される株価水準は低くなります。ここ数年のSaaS株安は、需要崩壊というより、まず評価倍率の圧縮で説明できる部分が大きいとみるべきです。
成長期待先行への反省
もう一つの理由は、SaaS全体が一括りで買われた時期の反動です。契約件数、ARR、LTV、解約率といった指標への期待が先行し、営業利益より売上成長が優先される局面では、赤字でも許容される企業が少なくありませんでした。しかし市場環境が変わると、同じSaaSでも採算改善の筋道が見えない企業と、成長を維持しながら利益率を上げられる企業の差が急速に意識されます。
その結果、テーマ全体が売られる一方で、本来は業績の質が高い企業まで一緒に値下がりする現象が起きました。市場でいう「売られ過ぎ感」とは、このように需要や顧客基盤の強さに比べ、株価評価が一律に切り下がり過ぎた可能性を指す言葉として理解すると実態に近いです。
需要が細るどころか厚くなる理由
企業クラウド利用の定着
SaaSの土台であるクラウド需要は、足元でも細っていません。日本電信電話ユーザ協会が総務省「令和5年通信利用動向調査」をもとにまとめた資料では、企業のクラウドサービス利用割合は2023年に77.7%まで上昇し、利用企業の約9割が効果を実感したとされています。SaaSは一時的な流行ではなく、すでに企業運営の標準装備へ移行している段階です。
世界市場でもこの流れは同じです。Gartnerは2025年の世界のパブリッククラウド支出を7234億ドル、うちSaaSを2991億ドルと予測しています。クラウドの導入余地がまだ残る日本市場では、海外ほど導入が進んだ後の成熟停滞ではなく、既存システムの置き換えと追加導入が同時進行しやすい点が特徴です。
中堅企業とAI導入の拡大
SaaS需要を支える次の柱は、中堅企業のデジタル投資です。IDCは2026年の日本IT市場を2兆8418.9億円と見込み、100〜999人規模の中堅企業のIT支出はPCを除き前年比9.5%増になると示しました。大企業だけでなく中堅企業が動き始めることは、単価の高いエンタープライズ案件だけでなく、横展開しやすい業務SaaSにとって大きな追い風です。
背景には人手不足があります。限られた人数で経理、労務、営業支援、契約管理を回すには、単発の受託開発よりも、すぐ使えるクラウド型ソフトの方が導入しやすいからです。IPAの「DX動向2025」やDX推進指標の分析からも、日本企業のDXは依然として改善余地が大きく、1,349件の自己診断結果が示すように、レガシー刷新と全社最適はまだ道半ばです。これは課題である一方、SaaS企業にとっては中長期の商機でもあります。
AI実装で強まるアプリケーション需要
AI相場というとGPUやデータセンターが先に注目されがちですが、AIを業務で使う段階になると、SaaSの存在感はむしろ増します。IDCは日本のAIインフラ支出が2026年に55億ドル超へ拡大し、2022年から2025年にかけて7倍に膨らんだと示しています。インフラ投資が先行しているということは、その上で動く業務アプリケーション、権限管理、データ連携、監査対応の需要も拡大余地が大きいということです。
AIは単独で価値を生むわけではありません。会計、人事、営業、セキュリティのデータがクラウド上で整理され、更新され、権限管理されて初めて実務に組み込めます。したがって、AIが本格実装に向かう局面は、SaaSにとって需要剥落ではなく、むしろ既存顧客単価の引き上げと新機能追加の好機になりやすいです。
見直し機運を支える個別材料
利益成長へ移るSansan
再評価局面では、単なる高成長より「利益を伴う成長」が重視されます。その意味で象徴的なのがSansanです。2026年4月10日に同社は2026年5月期通期の連結業績予想を修正し、売上高予想の下限を527億700万円から535億7100万円へ引き上げ、調整後営業利益予想の下限も68億5100万円から80億3500万円へ引き上げました。調整後営業利益の増加率は下限ベースで17.3%です。
ここで重要なのは、売上成長と利益改善が両立している点です。SaaS企業は一定規模を超えると、広告宣伝や開発の先行負担が相対的に薄まり、営業レバレッジが効きやすくなります。市場がこの転換点を確認できれば、「いつ黒字化するか分からない企業」ではなく、「高い継続課金を基盤に利益率が上がる企業」として見方が変わります。
セキュリティSaaSの強さ
HENNGEの動きも、SaaS再評価を考えるうえで示唆的です。同社は2025年3月に主力クラウドセキュリティサービス「HENNGE One」のARRが100億円を突破したと公表しました。2026年4月の発表では、2025年度の契約ユーザー数が280万人、ARRは100億円超へ拡大したことも示しています。景気変動の影響を受けにくい継続課金と、セキュリティ需要の必須性が評価の下支えになりやすい構図です。
加えて、HENNGEは2026年10月以降に、SSO非対応のSaaSや社内システム向けにパスワード管理機能を提供する計画も示しました。クラウド利用が広がるほど、周辺の認証、権限、ログ管理は重要になります。単一機能のSaaSではなく、周辺領域へ拡張できる企業ほど、契約単価の上昇と解約率低下を両立しやすい点は見逃せません。
バックオフィスSaaSとAIの融合
マネーフォワードの直近の発信も、SaaSの次の成長局面を映しています。同社は2026年2月、会計ソフトのクラウド移行支援キャンペーンを開始し、生成AIの効果を引き出すには、データがリアルタイムにクラウドで連携される基盤が必要だと説明しました。これは、AIの普及が既存オンプレミス環境の延命ではなく、クラウド移行の加速要因になり得ることを示しています。
さらに4月には、バックオフィス業務を自律的に遂行するAIサービス「マネーフォワード AI Cowork」を2026年7月から提供予定と公表しています。SaaS各社がAI機能を追加すると、契約単価の上振れだけでなく、乗り換えコストの上昇や顧客定着率の改善も期待できます。市場がいま見始めているのは、SaaSがAIに置き換えられる話ではなく、SaaSがAIの受け皿になる構図です。
利益成長とAI収益化で分かれる選別相場
SaaSが再評価されるとしても、セクター全体が一斉に同じ速度で戻るとは限りません。金利が上がる環境では、引き続き評価倍率そのものは抑えられやすく、赤字拡大型の企業には厳しい目線が残ります。契約件数だけでなく、解約率、ARPU、販管費率、営業利益率の改善、AI機能の収益化速度まで見ないと、見かけの成長に惑わされやすいです。
また、AI搭載も「話題性」と「収益性」は別です。無料機能の追加だけでは利益に結び付きにくく、顧客が実際に対価を払うユースケースを作れるかが分かれ目です。今後のSaaS相場は、過去のような夢先行の一括物色ではなく、利益成長とアップセル余地を持つ企業へ資金が集まりやすい選別相場になる可能性が高いです。
SaaS売られ過ぎ修正と業績物色への移行
日本のSaaS株が見直され始めている背景には、株価が先に売られ過ぎた一方で、事業環境はむしろ改善しているというねじれがあります。日銀の利上げでバリュエーションは圧縮されましたが、企業のクラウド利用は拡大し、中堅企業のIT投資も加速し、AI実装は業務SaaSの需要を押し上げる可能性があります。
したがって、今後の焦点は「SaaSかどうか」ではなく、「継続課金の厚みを持ち、利益率を上げながらAIやセキュリティへ拡張できるか」です。売られ過ぎ修正は十分あり得ますが、恩恵を受けるのは需要の追い風を数字に変えられる企業です。テーマ物色から業績物色へ移る局面として捉えると、足元のSaaS再評価はより立体的に理解できます。
参考資料:
- 2025年、クラウド活用の新潮流 | クラウド | ユーザ協会
- Gartner Forecasts Worldwide Public Cloud End-User Spending to Total $723 Billion in 2025
- Japan’s IT Dual-Engine Growth: Large Enterprises Strengthen, Mid-Sized Firms Surge at 9.5%
- 7x Growth in Just Three Years: Japan’s AI Infrastructure Will Surge Past $5.5 Billion in 2026, IDC Reveals
- 「DX動向2025」日米独比較で探る成果創出の方向性「内向き・部分最適」から「外向き・全体最適」へ
- プレス発表DX推進指標の自己診断結果1,349件を分析したレポートを公開
- 金融市場調節方針の変更について
- 当面の金融政策運営について
- 業績予想の修正に関するお知らせ | Sansan株式会社
- マネーフォワード、会計ソフトのクラウド移行を後押しするキャンペーンを2026年2月1日より開始
- プレスリリース | 株式会社マネーフォワード
- HENNGE株式会社のクラウドセキュリティサービス「HENNGE One」がARR(年間経常収益)100億円を達成
- HENNGE Revamps User Community “chameleon,” Promoting Communication and Optimizing Information for Every Individual Customer
- HENNGE to Offer “HENNGE Password Manager”: Centralized Identity Governance for All Platforms, Including Non-SSO-compatible SaaS and Systems
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