米「敗戦」シナリオで揺らぐドルの信認と今後
はじめに
2026年2月末に始まった米国・イスラエルによるイラン攻撃から1カ月超が経過しました。トランプ大統領は4月1日の国民向け演説で「あと2〜3週間で戦争を終結させる」と述べる一方、イランへの「極めて強力な攻撃」を予告し、市場の不透明感はむしろ深まっています。
イラン側は仲介国を通じた停戦交渉を拒否し、ホルムズ海峡の封鎖を継続。出口戦略が見えない中、「有事のドル買い」で短期的に上昇してきた米ドルですが、紛争が長期化あるいは米国にとって不利な形で終結した場合、ドルの基軸通貨としての信認そのものが揺らぐリスクが指摘されています。本記事では、中東紛争がドルに与える短期・長期の影響を多角的に解説します。
紛争の経緯と現在の膠着状態
開戦から1カ月超の混迷
2026年2月28日、米国とイスラエルは「オペレーション・エピック・フューリー」と称する共同軍事作戦を開始し、イランの軍事施設や核関連施設への大規模空爆を実施しました。この攻撃でハメネイ最高指導者を含む複数のイラン高官が暗殺されたとされています。
しかし、イランは直ちに報復に転じ、イスラエルや中東地域の米軍基地へのミサイル・ドローン攻撃を実施。さらに、世界の石油供給の約20%が通過するホルムズ海峡を事実上封鎖しました。国際エネルギー機関(IEA)はこれを「世界の石油市場史上最大の供給途絶」と表現しています。
停戦交渉は暗礁に
パキスタン、トルコ、サウジアラビア、エジプトの「4カ国仲介ブロック」が停戦に向けた枠組みを提示し、4月6日までの攻撃停止やホルムズ海峡の段階的再開を柱とする案が検討されてきました。しかし、4月3日時点でイランは米国の要求を「受け入れられない」として仲介を拒否したと報じられています。
トランプ大統領はホルムズ海峡の再開を停戦の前提条件として譲らず、イラン側も態度を硬化させる中、紛争収束の見通しは立っていません。
有事のドル買いとその限界
短期的なドル高の構図
紛争勃発以降、為替市場では典型的な「有事のドル買い」が進行しました。開戦後の最初の2週間で、米ドルは主要33通貨のうち31通貨に対して上昇。ドルインデックス(DXY)は100前後の水準まで回復し、ドル円相場も159円台まで円安が進みました。
この背景には、地政学リスクの高まりによる安全資産への資金逃避に加え、原油高がインフレ圧力を強めることで米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測が大きく後退したことがあります。金利差の拡大がドル買いを後押しする構図です。
構造的なドル安リスクの台頭
しかし、ロイターの調査によれば、多くの為替ストラテジストは紛争による「ドルの安全資産プレミアム」は一時的なものと見ています。ドルの反発幅は主要通貨バスケットに対してわずか約2%にとどまり、その大半はショートカバー(売り持ちの解消)によるものだとの分析があります。
米国が抱える構造的な問題はむしろ深刻化しています。GDP比6〜7%に達する財政赤字、高金利下での膨大な債務返済コスト、そしてトランプ大統領によるFRBへの政治介入懸念が、ドルへの長期的な信認を蝕んでいるとされています。
脱ドル化を加速させるホルムズ海峡危機
人民元決済の拡大
紛争は「脱ドル化」の流れを一気に加速させる結果となりました。注目すべきは、イランがホルムズ海峡を通過するタンカーに対し、人民元建ての通行料を課し始めたことです。これにより、世界の石油供給の主要なチョークポイントで、初めてドル以外の決済レールが機能する事態となっています。
さらに、インドの精油会社がロシア産原油の購入を人民元やUAEディルハムで決済するなど、ドルを介さないエネルギー取引が急拡大しています。
SWIFT決済シェアの急落
国際銀行間通信協会(SWIFT)を通じた国際決済における米ドルのシェアは、2025年12月の47.5%から2026年3月には43.8%へと低下しました。この3.7ポイントの下落は、SWIFT統計史上最大の四半期下落幅とされています。一方、中国の人民元国際決済システム(CIPS)は着実に取引量を伸ばしており、ドルに代わる決済インフラとしての存在感を高めています。
制裁の「副作用」
こうした脱ドル化の根底には、米国が地政学的手段として経済制裁を多用してきたことへの各国の警戒感があります。ロシア中央銀行資産の凍結やイランのSWIFT排除といった措置は、多くの国にドル依存のリスクを痛感させ、代替手段の構築を急がせる結果となりました。
注意点・展望
「敗戦」がもたらすドルの転換点
ここで言う「敗戦」とは、必ずしも軍事的な敗北を意味するものではありません。出口戦略が定まらないまま紛争が長期化し、エネルギー危機やインフレの深刻化を招き、かつ戦争目的を達成できない場合、米国の国際的な信認そのものが損なわれるリスクがあります。
専門家からは、核兵器を理由とした軍事介入は過去にも目的を果たせなかった事例が多いとの指摘があり、米国が明確な「勝利」を得られないまま紛争を終えた場合、ドルの基軸通貨としての地位に中長期的な影響が及ぶ可能性があります。
ドル円相場の行方
ドル円については、紛争継続であれば「有事のドル買い」と原油高による日本の貿易赤字拡大で円安圧力が続く一方、停戦が実現すればドル売り・円買いの巻き戻しが起きるという「二方向リスク」の状態にあります。機関投資家の年末予想ではDXYが90台前半から半ばに下落するとの見方が多く、紛争プレミアムが剥落すれば大幅なドル安が進む可能性も排除できません。
まとめ
中東紛争の長期化は、短期的には「有事のドル買い」を支えるものの、構造的には米ドルの基軸通貨としての地位を脅かす両刃の剣となっています。ホルムズ海峡を舞台とした人民元決済の拡大、SWIFT決済シェアの急低下、そして出口戦略なき軍事介入への国際的な懸念は、いずれもドルの長期的な信認を蝕む要因です。
投資家にとっては、紛争の帰結次第で為替市場が大きく振れるリスクに備え、ドル一辺倒のポジションを見直す局面にあると言えます。金やスイスフランなどの代替的な安全資産、あるいはエネルギー関連資産への分散も検討に値するでしょう。
参考資料:
- War-driven U.S. dollar rebound to fade as broad safe-haven appeal erodes
- US dollar’s resilience masks its deepening structural risks
- De-Dollarization Accelerates as Iran’s Hormuz Yuan Toll and BRICS Moves Challenge the Petrodollar System
- Is the US dollar really winning the Iran war?
- イラン攻撃から1カ月が経過し世界の金融市場はどう動いたか
- イラン戦争が継続すれば有事の米ドル買いが進み、終結なら米ドル離れによる受け皿通貨探しが本格化するか?
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