PCSK9創薬、東レとVISのヒット化合物取得を巡る投資焦点
PCSK9創薬で問われるヒット化合物の価値
Veritas In Silicoは10月19日、東レとの共同創薬研究で、PCSK9遺伝子のmRNAを標的とする「ヒット化合物」を取得したと発表しました。PCSK9は脂質異常症や動脈硬化性心血管疾患の治療で重要性が確立している標的であり、mRNAの立体構造を低分子化合物で狙う今回の手法は、既存薬とは異なる創薬アプローチです。
もっとも、ヒット化合物取得は新薬候補の完成や臨床試験入りを意味しません。Veritas In Silico自身も、今回の達成に伴うマイルストーン収入などは発生せず、2026年12月期の業績予想を変更しないと明示しています。短期的な収益材料と、中長期の技術実証を分けて評価する必要があります。
材料株としての焦点は、PCSK9という臨床的に検証済みの標的で、同社のmRNA標的低分子創薬が一段進んだ点です。同時に、ヒットからリード化合物、医薬品候補、非臨床試験へと続く長い検証過程と、資金調達に伴う株式価値への影響も見落とせません。
mRNA標的低分子創薬を支える探索技術と検証工程
PCSK9という標的の臨床的裏付け
PCSK9は主に肝臓で作られ、肝細胞表面のLDL受容体の分解を促進するタンパク質です。LDL受容体が減少すると、血液中のLDLコレステロールを肝臓へ取り込む働きが弱まります。したがってPCSK9の働きを抑えることは、LDLコレステロール低下につながる治療戦略として定着しています。
すでにPCSK9を直接標的とする抗体医薬品は実用化されています。米食品医薬品局の添付文書によれば、エボロクマブはPCSK9とLDL受容体の結合を阻害し、血中LDLを除去できる受容体数を増やす仕組みです。標的そのものの臨床的な妥当性が確認されていることは、今回の共同研究の出発点として重要です。
一方、インクリシランはPCSK9 mRNAを標的とするsiRNAです。肝細胞内でRNA干渉を利用してPCSK9 mRNAの分解を促し、LDL受容体の再利用と発現を高めます。PCSK9をmRNA段階で制御する考え方自体には先行例がありますが、siRNAと、mRNA立体構造に結合する低分子化合物は性質も投与方法も異なる医薬品モダリティです。
今回の研究は、PCSK9タンパク質やmRNA配列を直接切断する手法ではなく、PCSK9 mRNAが作る特定の立体構造を狙います。標的の医学的価値が認められていることと、この新しい低分子アプローチが薬として成立することは別の論点です。投資判断では、この二つを混同しないことが出発点になります。
ヒット取得から候補化合物までの距離
ヒット化合物とは、標的構造への結合や一定の活性を示し、次の最適化を検討する起点となる化合物です。取得の公表は、探索仮説に対して初期的な肯定材料が得られたことを示します。しかし、細胞内で狙い通りに作用するか、十分な活性と選択性を持つか、薬として投与可能かは、これから検証する事項です。
Veritas In Silicoの技術説明では、ヒット化合物を得た後に細胞実験で妥当性を確かめ、結合の強度や特徴を分析してリード化合物を選びます。さらにNMRやX線結晶構造解析、量子化学計算などを用い、活性や物性を最適化して医薬品候補化合物を目指す流れです。
つまり、今回の開示は「探索対象となる化合物を見つけた」段階であり、薬効、安全性、体内動態を満たす化合物を決めた段階ではありません。創薬では初期探索の成功と開発成功の間に大きな隔たりがあります。ヒット取得を過大評価せず、次のリード化合物創出や候補化合物選定の開示を待つ姿勢が必要です。
同社の2026年6月末時点の資料でも、製薬会社による開発・販売段階に進んだ実績はないと記されています。今回の成果はその状況を変える重要な一歩ですが、研究段階にあるという事実も変わりません。短期の値動きと、実際の開発リスクは切り分けて考えるべきです。
AI解析と実験技術をつなぐaibVIS
Veritas In Silicoは、2026年に従来のibVISをaibVISへとアップグレードしました。mRNA配列を起点に、独自のRNA構造解析ソフトウェア「MobyDick」で低分子化合物が結合し得る部分構造を探し、実験でその仮説を検証する仕組みです。AIだけで候補を出すのではなく、構造解析と実測を組み合わせる点が同社の事業モデルの核になります。
同社は、改良型FRET法であるqFRETを使い、数万から数十万の化合物から標的構造に結合する化合物を探索すると説明しています。ターゲット探索、スクリーニング、ヒットからリードへの移行、リード最適化という一連の工程を自社プラットフォームに収めることで、共同研究先に創薬機能を提供します。
RNAを標的とする低分子創薬は、タンパク質創薬より単純な領域ではありません。学術レビューでも、RNAは動的で化学的な多様性が限られ、スクリーニングでは非選択的に結合する化合物が見つかりやすいことが指摘されています。ヒットを再現性ある細胞活性や選択性に結び付けられるかが、プラットフォームの真価を測る局面になります。
共同創薬の収益構造と株価材料を読む視角
権利共有が生む将来価値と分配構造
東レとVeritas In Silicoは2021年7月、mRNAを標的とする低分子医薬品の共同創薬研究契約を締結しました。契約時点では複数の遺伝子を対象に、mRNA上の標的構造の同定から薬効を示す化合物の取得までを共同で進める方針でした。今回はその枠組みの中で、PCSK9を対象に具体的な研究成果が示された形です。
10月19日の適時開示によると、本共同研究の成果に関する権利は東レとVeritas In Silicoが共有します。Veritas In Silicoにとっては、成功時の価値を単なる受託収入に限定しない設計です。一方で、研究開発や事業化の意思決定を単独で完結できない可能性もあり、将来の経済条件や販売体制は後続の契約・開示を確認する必要があります。
東レには低分子医薬品の創出や創薬インフラで蓄積した知見があります。Veritas In SilicoはRNA構造解析、RNA結合化合物のスクリーニング、立体構造解析、分子設計を担います。異なる強みを組み合わせることは、少人数の創薬ベンチャーが大型の標的に挑む上で合理的です。
ただし、共同研究の価値は契約相手の知名度だけでは測れません。今後、どの段階で開発・製造・販売の役割分担を決めるのか、導出時にどの程度の対価を得るのか、権利共有がどのような収益配分になるのかが、企業価値に直結する論点です。
当期利益に直結しない研究マイルストーン
今回の開示で最も注意すべき文言は、マイルストーン収入などの授受が発生せず、業績予想の変更もないという点です。研究上の重要な進展ではあるものの、現時点で売上や利益を押し上げる材料ではありません。短期の業績期待だけを根拠に解釈することは適切ではありません。
同社はプラットフォーム型事業で、契約一時金、研究支援金、研究マイルストーン、開発マイルストーン、ロイヤルティといった複数の収益機会を想定しています。ただし、それぞれの発生時期と金額はプロジェクトごとに異なります。今回のヒット取得が、将来の契約対価を保証するものではない点を押さえる必要があります。
2026年12月期第2四半期の決算説明資料では、上半期の事業収益は36百万円、事業費用は283百万円、当期純損失は386百万円でした。創薬企業では研究段階が長く、研究開発投資が先行します。初期研究の前進は将来価値を左右しますが、損益計算書への反映には時間差がある事業構造です。
過去にはラクオリア創薬との共同研究で、契約基準を超える成果に伴うマイルストーン一時金の支払いが公表された例もあります。今回の東レ案件とは契約条件が異なるため単純比較はできませんが、研究進捗の発表時には、対価の発生有無を個別に確認する重要性を示しています。
17億73百万円の調達と株式数の論点
Veritas In Silicoは10月13日、第三者割当による新株予約権の発行を通じ、手取り概算で17億73百万円を調達する計画を公表しました。資金使途は自社パイプラインで創出した医薬品候補物質の開発研究費で、動物試験や医師主導臨床試験の費用などを想定しています。
同社資料では、2027年から2029年に計画する開発研究費用を概算25億円としています。今回のPCSK9案件は東レとの共同創薬によるプラットフォーム事業であり、調達資金の中心は自社パイプラインへの投資です。それでも、資金を確保して複数の開発テーマを維持できるかは、企業全体の研究継続性を左右します。
一方、第5回新株予約権だけでも潜在希薄化率は46.25%と開示されています。第6回から第9回も含めた新株予約権の対象株式数は合計360万株です。資金調達が将来価値を生むか、株式数の増加が既存株主の価値をどこまで薄めるかは、同時に検討すべきテーマになります。
材料の強さを測る際は、ヒット化合物取得という技術面の前進と、資金調達による財務面の変化を併読することが重要です。研究の進展が見えた一方で、直近の需給や一株当たり価値には新株予約権の行使条件・行使時期も影響します。
臨床前の創薬案件に残る技術・資金面の不確実性
標的選択性と細胞・動物評価の関門
mRNAの立体構造を標的とする低分子化合物では、狙ったRNA構造に十分選択的に結合するかが大きな課題です。RNAは細胞内に多数存在し、立体構造も環境に応じて変化します。試験管内での結合が、細胞内での薬効に再現されるとは限りません。
その後には、標的外作用、毒性、吸収・分布・代謝・排泄、適切な投与経路などの検証が続きます。低分子医薬品は一般に経口投与や製造面での利点が期待されますが、今回のヒット化合物がそれらを満たすと決まったわけではありません。候補化合物としての物性が明らかになるまで、薬としての優位性を断定することはできません。
比較対象となる既存PCSK9治療
PCSK9を標的とする抗体医薬品やsiRNAがすでに存在することは、標的妥当性の裏付けである一方、新規薬には差別化が求められることも意味します。既存薬に比べて有効性、安全性、投与の利便性、製造・供給面のどこに優位性を築くのかが、事業化の核心です。
Veritas In Silicoは、研究開始から製品が市場に出るまでの期間を約10年、開発期間を6〜8年とする事業イメージを示しています。今回の案件はヒット取得段階であり、その時間軸のかなり前段です。中長期の選択肢としての価値と、目先の収益・株価変動を同じ基準で評価しない姿勢が求められます。
投資判断で確認すべき次の進捗開示
今回のヒット化合物取得は、PCSK9という臨床的に検証済みの標的に対し、Veritas In SilicoのmRNA標的低分子創薬が探索段階を前進させたことを示す材料です。東レとの権利共有は、成功時の長期的な価値に参加できる可能性を持たせます。
ただし、直近のマイルストーン収入はなく、業績予想も据え置かれました。材料の評価では、リード化合物の創出、細胞レベルでの活性、医薬品候補化合物の選定、非臨床試験への移行という順で、開示内容の質を追うことが重要です。
あわせて、新株予約権の行使状況、資金使途の進捗、新規共同研究契約、共同研究の収益条件を確認したいところです。研究の成果を継続的な企業価値へ結び付けられるかは、ヒット取得後の検証力と資本政策の両方で判断されます。
参考資料:
- 東レ株式会社との共同創薬研究の進捗に伴うマイルストーン達成のお知らせ
- mRNAを標的とする革新的低分子医薬品の創出に向けた共同創薬研究契約の締結について
- 技術情報|Veritas In Silico
- 2026年12月期第2四半期決算説明資料
- 資金調達に関する補足説明資料
- IR情報|Veritas In Silico
- 成長戦略|Veritas In Silico
- ラクオリア創薬とVeritas In Silico、共同研究の進展に伴うマイルストン達成のお知らせ
- Targeting RNA with small molecules, from RNA structures to precision medicines
- Targeting RNA with small molecules: from fundamental principles towards the clinic
- LEQVIO prescribing information
- REPATHA prescribing information
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