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金価格上昇を動かす中国買いとドル覇権低下の世界的な金需給転換

by 野村 康平
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金高値が投資テーマになる需給転換

金相場を読むうえで、2026年の焦点は「有事の逃避先」という短い説明では足りなくなっています。価格を押し上げているのは、米利下げ観測や地政学リスクだけでなく、誰が現物を吸収し、誰が売らずに持ち続けているかという需給の構造変化です。

ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、2026年1〜3月期の金需要は店頭取引などを含めて1,231トンとなり、前年同期比で2%増えました。数量の伸びは小幅でも、需要額は過去最高の1,930億ドルに達しています。金は単なる商品市況ではなく、中央銀行、個人投資家、外貨準備運用者が同時に見直すマクロ資産になりました。

この記事では、金需給を「供給不足」だけでなく「ドル資産からの分散」として読みます。特に中国を、中央銀行、個人投資家、輸入需要という三つの経路で金を吸収する存在として位置づけ、日本株投資家が確認すべき指標まで整理します。

中央銀行買いを支えるドル離れの力学

公式部門が作る価格の下支え

金需給で最も重要な変化は、中央銀行の買いが一過性の危機対応から、準備資産の再設計に変わったことです。WGCの2026年1〜3月期データでは、中央銀行と公的機関の金純購入は244トンでした。前年同期から3%増え、前四半期からは17%増えています。

この数字は、投機筋の買いとは性質が違います。短期の値幅を狙う資金は、金利上昇やドル高で簡単にポジションを落とします。一方で中央銀行は、外貨準備の安全性、流動性、制裁耐性、国内通貨への信認といった複数の目的で金を持ちます。買いの理由が政策目的であれば、価格が高いだけでは売り手に回りにくいのが特徴です。

1〜3月期の大口買い手はポーランドが31トン、ウズベキスタンが25トンでした。中国人民銀行も7トンを積み増し、WGCの集計で保有量は2,313トン、準備全体に占める比率は9%となりました。買い手が新興国だけに偏らず、欧州、アジア、中東に広がっている点が、金市場の底堅さを示しています。

ただし中央銀行は常に買い続けるわけではありません。2026年1〜3月期にはトルコ、ロシア、アゼルバイジャンの政府系基金などによる売却も確認されています。WGCは公表ベースの売却を115トンとしていますが、それでも買いが上回りました。つまり足元の金相場は「売りがない市場」ではなく、「売りを吸収する戦略的な買いが厚い市場」と見るべきです。

IMF統計に表れる準備通貨の分散

中央銀行が金を買う背景には、ドルの役割が急に消えるという話ではなく、ドル一極集中を少しずつ薄める動きがあります。IMFのCOFER統計では、2025年10〜12月期の世界の外貨準備は13.14兆ドルでした。このうち米ドルの比率は56.77%で、前四半期の56.93%から小幅に低下しています。

重要なのは、ドルが依然として最大の準備通貨であることです。ユーロは20.25%、人民元は1.95%にとどまり、国際決済や安全資産の厚みでドルに代わる単一通貨は存在しません。したがって「ドル崩壊」といった極端な見方は、投資判断には不向きです。

一方で、IMFが示す「その他通貨」の比率は2025年10〜12月期に6.13%となり、2021年以降に大きく増えています。これは、各国がドルを一気に捨てているというより、保有通貨や金を組み合わせて準備の分散を進めている姿です。金は誰かの債務ではなく、決済ネットワークや発行国の政策に依存しにくい資産です。この特性が、外貨準備の補完資産として再評価されています。

米国債保有減少が示す含意

中国の動きは、ドル離れをめぐる議論で最も注目されます。米財務省のTIC統計では、中国本土の米国債保有額は2026年3月末に6,523億ドルでした。2025年3月末の7,654億ドルからは1,131億ドル減っています。

この数字だけで、中国が米国債を一方的に売り浴びせていると断定するのは危険です。TIC統計は保管地ベースの集計であり、第三国のカストディ口座を通じた保有は最終所有者に完全にはひも付きません。米財務省自身も、国別の保有変化を精密に読むには限界があると説明しています。

それでも、長い目で見れば中国の準備運用が米国債一辺倒ではなくなっていることは明らかです。米国債は流動性の中心であり続けますが、金は価格変動を伴いながらも、信用リスクを持たない準備資産として組み込まれています。これは債券市場にとって、海外公的部門の限界的な買い需要が以前ほど強くない可能性を示します。為替、米金利、金価格が同時に動きやすくなるのは、この構図があるためです。

中国が第三のクジラになる三つの経路

人民銀行の連続買いと準備資産の再設計

中国を金市場の「第三のクジラ」と見る理由は、単に中央銀行の保有量が大きいからではありません。人民銀行、個人投資家、国内流通網が同時に金を吸収し、価格下落局面でも買い需要が消えにくい構造を持つためです。

WGCの5月更新によると、人民銀行は2026年4月に8トンの金を追加しました。これは18カ月連続の買いで、2024年12月以来の大きな月間増加です。公的保有量は2,322トンとなり、準備全体に占める比率は9%とされています。中国国家外貨管理局(SAFE)は、2026年4月末の外貨準備を3.4105兆ドルと発表しており、準備規模の大きさを考えると、金比率を少し動かすだけでも市場への影響は大きくなります。

ここで重要なのは、金の比率がまだ欧米主要国の水準に比べて低いことです。中国が短期的に大幅な金本位制へ向かうという話ではありませんが、準備全体の一部を金に振り向ける余地は残っています。外貨準備の運用では、流動性と安全性を同時に満たす資産が限られます。米国債を完全に代替することはできなくても、金は制裁や資産凍結への備えとして、独自の役割を持ちます。

中国にとって金は、人民元国際化の宣伝材料というより、外部ショックに対する保険です。米中対立、制裁リスク、エネルギー輸入、為替防衛を考えると、ドル資産だけに依存するコストは上がっています。人民銀行の連続買いは、そのコストをならすための長期的な調整と見るのが自然です。

個人投資とETFが広げる国内吸収力

中国の金需要は、公的部門だけで説明できません。WGCによると、2026年1〜3月期の中国本土の金地金・金貨需要は206.9トンとなり、前年同期比で67%増えました。世界全体の金地金・金貨需要は473.6トンで42%増だったため、中国の伸びが全体を大きく押し上げた形です。

背景には、株式市場や人民元への不安、そして高値そのものが投資需要を呼び込む循環があります。通常、価格上昇は宝飾需要を抑えます。実際、世界の宝飾需要は2026年1〜3月期に前年同期比23%減りました。ところが中国では、宝飾品を買う需要の一部が、手数料や加工費の低い地金・金貨へ移っています。値上がりを享受したい投資家にとって、装飾品よりも投資商品としての金が選ばれやすくなっています。

ETFも同じ流れです。世界の金ETFは1〜3月期に62トンの純流入となりましたが、3月には米国上場ファンドを中心に大きな流出が発生しました。対照的に、アジアのETFは四半期を通じて流入を続け、地域合計で84トン増えています。WGCは、中国の安全資産需要、株安、通貨安がETF買いを支えたと分析しています。

4月に入っても、中国の金ETFには35億元、米ドル換算で4.98億ドルの資金が流入しました。総資産は3,060億元、保有量は301トンとなり、月末として過去最高を更新しています。金相場が上がるから買われるのではなく、国内の資産選択肢が揺らぐほど金が選ばれ、その買いが価格の下支えになる構図です。

輸入と店頭需要が示す物理需給

中国の存在感は、金融商品だけでなく現物フローにも表れています。WGCの中国市場更新では、2026年3月の中国の金純輸入は143トンでした。1〜3月期合計では316トンとなり、前四半期比で182%増、前年同期比で333%増と大きく伸びています。

同じ期間の卸需要も注目に値します。3月の回復を受けて、1〜3月期の卸需要は345トンとなりました。10年平均を下回るとはいえ、宝飾需要が弱いなかでも投資需要が現物を吸収している点が重要です。4月には上海黄金交易所からの引き出しが103トンに減り、前月比23%減となりましたが、これは宝飾品の季節要因と株式相場の持ち直しによる投資熱の一服が背景です。

つまり中国需要は一本調子ではありません。価格が急騰すれば宝飾需要は落ち、株式市場が強ければETF流入は鈍ります。それでも、人民銀行の買い、個人の地金・ETF需要、輸入フローが別々の理由で動くため、全てが同時に消える可能性は低いと考えられます。この多層性こそが、中国を金市場の大口吸収主体にしている要因です。

高値圏の金相場に残る反落要因

金相場の強気材料が多い一方で、高値圏では反落リスクも大きくなります。WGCによると、2026年1〜3月期のLBMA午後値の平均は1オンス4,873ドルとなり、1月には5,405ドルの高値を付けました。価格が急上昇した市場では、少しの金利上昇やドル高でも利益確定が広がります。

米金融政策も無視できません。FRBは2026年4月29日のFOMCで、フェデラルファンド金利の誘導目標を3.5〜3.75%に据え置きました。声明では、エネルギー価格上昇を背景にインフレが高止まりし、中東情勢が見通しの不確実性を高めていると説明しています。利下げ期待が後退すれば、利息を生まない金の保有コストは相対的に重くなります。

供給面では、鉱山生産が急に増えにくい一方、リサイクルは価格上昇に反応します。2026年1〜3月期の総供給は1,231トンで前年同期比2%増、鉱山生産は885トンで第1四半期として過去最高でした。リサイクルも366トンと5%増えています。高値が続けば、家庭や業者からの売却が増え、短期的な上値を抑える可能性があります。

さらに、中央銀行買いにも流動性目的の売りが混じります。トルコのように為替や国内金融市場の安定を優先する局面では、金は「守る資産」であると同時に「換金できる資産」でもあります。金価格の上昇を一方向のドル離れだけで説明すると、こうした売りの圧力を見落とします。

投資家が確認すべき金需給の指標

日本株投資家にとって、金需給は金ETFや鉱山株だけのテーマではありません。金価格が高止まりする局面では、資源関連、商社、非鉄、リサイクル、宝飾、さらに米金利に敏感なグロース株まで影響が広がります。金が上がる理由を、地政学ニュースだけで判断しないことが重要です。

確認すべき指標は三つです。第一に、WGCの四半期データで中央銀行買いとETF流入が続いているか。第二に、IMFのCOFER統計と米財務省TIC統計で、ドル準備と米国債保有の変化が緩やかな分散にとどまるか。第三に、中国のSAFE、人民銀行、上海市場データで、人民銀行買いと民間需要が同時に弱まっていないかです。

金相場の本質は、危機のたびに跳ねる価格ではなく、準備資産として持つ主体が増えていることにあります。中国という大口需要者が、中央銀行、家計、金融商品を通じて現物を吸収し続ける限り、金はマクロ環境の変化を映す先行指標であり続けます。

参考資料:

野村 康平

マクロ経済・為替・債券

為替・債券・コモディティ市場を横断的にウォッチし、マクロ経済の変動が株式市場に与えるインパクトを分析する。

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