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金はなぜ買われ続けるのか?需給構造を徹底解説

by 野村 康平
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はじめに:原油の先にある「信用の避難先」

商品市場において、価格を動かす本質的な要因は需要と供給、すなわち「需給」に尽きます。経済指標や金融政策、地政学リスクといった要素は、あくまで需給を変動させる「きっかけ」に過ぎません。この原則は原油にも金にも共通しますが、金には原油とは決定的に異なる特徴があります。

原油は産業用途が中心であり、生産・消費のサイクルで価格が決まります。一方、金は「信用の避難先」としての側面を強く持ち、法定通貨や金融システムへの信認が揺らぐほど需要が高まるという独特の構造を持っています。2026年に入り、金価格は一時1オンスあたり5,500ドルを超える史上最高値を記録しました。この歴史的な高騰の背景には、単なる投機ではなく、構造的な需給の変化があります。

本記事では、金の需給構造を供給と需要の両面から分解し、なぜ金が買われ続けるのかを多角的に解説します。

金の供給構造:鉱山生産の限界とリサイクルの台頭

伸び悩む鉱山生産量

金の供給は大きく「鉱山生産」と「リサイクル」の二つに分かれます。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)のデータによると、2024年の鉱山生産量は3,661メートルトンで、前年比わずか0.6%の増加にとどまりました。2015年から2024年までの10年間を通じてみても、増加幅はわずか300トン程度です。

主要産金国の状況をみると、中国が年間約380トンで18年連続世界首位を維持していますが、かつて世界一の産金国だった南アフリカは順位を大きく下げています。採掘施設の老朽化と深部採掘によるコスト増が主な原因です。金の採掘コストは1オンスあたり約1,000ドルとされ、深部に残る鉱脈へのアクセスはますます困難になっています。

中国政府は2025年6月に「金産業の高品質発展実施計画(2025〜2027年)」を公表し、3か年計画で国内の金資源を5〜10%、生産量を5%以上増やす方針を打ち出しました。しかし、世界全体でみれば新規鉱山の開発には長い年月を要し、供給の急増は見込みにくい状況です。

リサイクル金の存在感拡大

鉱山生産の伸びが限られるなか、存在感を増しているのがリサイクル金です。2024年のリサイクル金供給量は前年比約10%増の1,370トンに達し、総供給量4,974.5トンの約3割を占めました。これは金価格の上昇に伴い、手持ちの金を売却する動きが活発化した結果です。

リサイクル金の回収・精製コストは1オンスあたり600〜800ドル程度と、鉱山採掘に比べて低く抑えられます。金価格が高水準で推移する限り、リサイクル供給は拡大する傾向があります。しかし、リサイクルは「既存の金が市場に戻る」プロセスであり、地上に存在する金の総量を増やすわけではありません。供給面の構造的な制約は変わっていないのです。

需要の柱①:中央銀行の「爆買い」が市場を変えた

2022年を転機に加速した金準備の積み増し

金の需要構造を大きく変えたのが、各国中央銀行による金購入です。転機となったのは2022年のロシア・ウクライナ紛争でした。西側諸国によるロシアの外貨準備凍結は、「米ドル建て資産を多く保有することはリスクになり得る」という認識を世界中に広めました。

WGCの統計によると、2025年の中央銀行による金購入量は通年で863トンに達しました。2022年以降、3年連続で1,000トン前後の高水準が続いており、2022年以前の平均400〜500トンと比較すると、需要は構造的に跳ね上がっています。

新興国を中心に広がる購入の裾野

注目すべきは、金を積極的に買い増す国の顔ぶれが多様化していることです。2022年に中国人民銀行が3年ぶりに金準備の積み増しを再開したことが話題になりましたが、その後はポーランド、トルコ、インド、アゼルバイジャン、カザフスタンなどが中国を上回る規模で金準備を拡大させています。

WGCが中央銀行を対象に実施した調査では、「今後12か月で金準備を増やす」と回答した割合が2025年に43%に達し、前年の29%から大幅に上昇しました。中央銀行による金購入は外貨準備としての性質上、長期的なスタンスに基づくものであり、一度積み増した金を短期的に売却することは稀です。この構造的な買い圧力は、金市場の需給を根本的に変えつつあります。

J.P.モルガンの分析によれば、2026年の中央銀行による金購入量は四半期平均で約190トン、年間で750〜760トンに達すると予測されています。

需要の柱②:投資需要の急拡大

ETFへの記録的な資金流入

中央銀行と並んで金需要を牽引しているのが、個人・機関投資家による投資需要です。2025年の金投資需要は前年比で約8割増加し、採掘量の6割に相当する規模にまで膨らみました。

特に金ETF(上場投資信託)への資金流入が顕著です。WGCによると、2025年第3四半期の金ETFへの流入額は260億ドルに達し、2020年第2四半期に記録した240億ドルの過去最高を塗り替えました。数量ベースでは222トンの流入があり、世界の金ETF保有残高は3,838トンに達しています。これは2020年11月のピーク(3,929トン)にわずか2%差まで迫る水準です。

2025年通年では金ETF保有残高が801トン増加し、過去2番目の増加幅を記録しました。

地金・金貨需要も高水準を維持

ETFだけでなく、実物の地金(バー)や金貨への投資需要も堅調です。2025年第3四半期は316トンと、4四半期連続で300トンを超えました。第4四半期にはさらに加速し、420トンと12年ぶりの高水準に達しています。

投資需要全体(ETF+地金・金貨)は2025年の金需要の半分以上を占めるに至りました。前年は全体の3分の1以下だったことを考えると、需要構成の変化がいかに劇的であるかがわかります。

需要の柱③:宝飾品需要の減退と構造変化

価格高騰が宝飾品消費を圧迫

金の伝統的な需要の柱であった宝飾品消費は、価格高騰の影響を強く受けています。2025年第3四半期の宝飾品消費は371.3トンで、前年同期比19%の減少を記録しました。これは6四半期連続の二桁減少です。

特にインド(前年同期比31%減)と中国(同18%減)という二大消費国での落ち込みが顕著です。金価格が記録的な高値圏で推移するなか、消費者の購買力が追いつかない状況が続いています。

需要構成のシフトが意味するもの

宝飾品需要の減退は、金の需要構成が「消費財」から「金融資産」へとシフトしていることを示しています。かつて金の需要の過半を占めていた宝飾品は、投資需要と中央銀行需要に主役の座を明け渡しつつあります。

この構造変化は金市場にとって重要な意味を持ちます。宝飾品需要は価格感応度が高く、価格上昇時には需要が減退するため、価格の自然な調整弁として機能していました。しかし、中央銀行や投資家による需要は価格上昇局面でもむしろ拡大する傾向があります。つまり、需要構成の変化は金価格の上方バイアスを強める方向に作用しているのです。

「信用の避難先」としての金:なぜ原油とは異なるのか

金と原油の決定的な違い

原油と金はともにコモディティに分類されますが、需給構造は根本的に異なります。原油は主に産業活動や輸送に消費される「消耗品」であり、需給バランスは生産量と消費量で決まります。供給途絶のリスクが価格を押し上げ、需要減退が価格を押し下げるという、比較的わかりやすい構造です。

一方、金は消費されても消滅しません。採掘された金は地上に蓄積され続け、歴史上採掘された金の総量は約21万トンとされています。つまり、金の「供給」は新規採掘量だけでなく、既存の在庫全体が潜在的な供給源となるのです。にもかかわらず金が高値を維持し続けるのは、保有者が売却するインセンティブよりも、保有し続けるインセンティブが上回っているからです。

脱ドル化が生む構造的な金需要

金が「信用の避難先」として買われる背景には、法定通貨システムそのものへの不安があります。かつて金本位制のもとでは、通貨の価値は金によって裏付けられていました。1971年のニクソン・ショック以降、通貨は政府の信用のみに基づく管理通貨制度へと移行しましたが、金は今なお「究極の信用資産」として認識されています。

2022年以降に加速した脱ドル化の動きは、この構造をさらに強化しています。米国の債務残高が膨張を続けるなか、「ドルは本当に大丈夫なのか」という疑念が、中央銀行から個人投資家まで幅広い層で金への資金流入を促しています。金は特定の国家や機関が発行するものではないため、カウンターパーティリスクがないという点も、信用不安時の強みとなっています。

米利上げリスクと6,200ドル目標

金価格の下落リスクも存在する

金の需給構造は買い方向に傾いていますが、価格下落のリスクがないわけではありません。米国の利上げが再開した場合、金利を生まない金の相対的な魅力は低下します。また、地政学リスクが後退し、リスクオンの相場環境になれば、安全資産から株式などへの資金シフトが起こり得ます。

リサイクル金の供給増加も注視すべきポイントです。金価格が高水準を維持するほど、手持ちの金を換金する動きが強まり、供給圧力が高まります。

アナリストの見通しは強気基調

2026年の金価格について、主要金融機関の見通しは概ね強気です。J.P.モルガンは第4四半期に1オンスあたり5,000ドルに向かうと予測し、ANZは第2四半期に5,800ドルに達する可能性を示しています。UBSは2026年9月までに6,200ドルという目標を掲げ、上振れケースでは7,200ドルの可能性も指摘しています。

ただし、金は2026年1月に一時5,589ドルの史上最高値をつけた後、4月時点では4,700ドル台まで調整しており、一本調子の上昇ではないことは押さえておくべきです。

需給の構造変化は長期的なトレンド

中央銀行の金購入や脱ドル化の動きは、短期的なイベントではなく構造的なトレンドです。一度買い増した金準備を短期で売却する中央銀行は稀であり、この「長期の買い手」の存在が金市場の需給構造を底支えしています。投資需要の拡大やETFの普及も、金へのアクセスを容易にし、幅広い投資家層からの需要を生み出しています。

中央銀行買いと鉱山制約が支える金需給

金が買われ続ける理由は、単なる投機や一時的なリスク回避ではなく、需給構造そのものの変化にあります。供給面では鉱山生産の伸び悩み、需要面では中央銀行の積極的な金購入、投資需要の急拡大、脱ドル化の加速という複合的な要因が、構造的な買い圧力を形成しています。

原油が産業活動の血液として消費されるコモディティであるのに対し、金は「信用の避難先」として蓄積され続ける資産です。法定通貨への信認が揺らぐとき、地政学リスクが高まるとき、そして金融システムの先行きが不透明なとき、金への需要は増大します。この構造を理解することが、金価格の動きを読み解く鍵となるでしょう。

金の需給を考える際には、目先の価格変動に一喜一憂するのではなく、中央銀行の購入動向、投資需要のトレンド、鉱山生産の制約といった構造的要因に注目することが重要です。

参考資料:

野村 康平

マクロ経済・為替・債券

為替・債券・コモディティ市場を横断的にウォッチし、マクロ経済の変動が株式市場に与えるインパクトを分析する。

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