極東3国の株高が示す国際分業の新段階
極東3国株高と地政学リスクの逆説
2026年5月、世界の株式市場は歴史的な高値圏にあります。日経平均株価は5月7日に6万2,833円を記録し、韓国KOSPIは7,490ポイントに到達、台湾加権指数もTSMCを筆頭に最高値圏で推移しています。イラン戦争によるホルムズ海峡の事実上の封鎖、原油価格の高止まり、米中対立の先鋭化という三重の地政学リスクが横たわるなかで、最も買われているのがエネルギー中東依存度の高い韓国・台湾・日本の極東3国であるという事実は、一見すると矛盾に映ります。
この逆説的な株高の背景には、AI半導体を軸としたグローバルサプライチェーンの構造転換と、国際収支における質的変化が存在します。本記事では、地政学リスクと株価上昇が併存する極東3国の現状を、国際分業と資本フローの視点から読み解きます。
極東3国の株式市場が示す「異常な強さ」
日経平均・KOSPI・TAIEXの同時最高値更新
2026年5月に入り、極東3国の主要株価指数はそろって史上最高値を更新しました。日経平均株価は5月7日、前営業日比3,320円高(+5.58%)の6万2,833円で取引を終え、過去最大の上げ幅を記録しています。背景には米国とイランの停戦協議進展への期待がありましたが、それ以前から上昇基調は続いていました。4月27日には初めて6万円台で取引を終えており、AI・半導体関連銘柄がけん引する構図が鮮明です。
韓国KOSPIはさらに劇的な上昇を見せています。5月7日には7,490ポイントを記録し、サムスン電子の時価総額は1,500兆ウォンを突破して「1兆ドルクラブ」入りを果たしました。SKハイニックスの株価は年初来で大幅に上昇し、時価総額は1,100兆ウォンを超えています。サムスンとSKハイニックスの2社だけでKOSPI全体の時価総額の約45%を占め、韓国市場は世界第7位の株式市場へと急浮上しました。
台湾市場でもTSMCを中心とした半導体銘柄が加権指数を押し上げ、最高値圏で推移しています。TSMCは台湾市場の時価総額の40%以上を占めており、世界のAI半導体需要の恩恵を最も直接的に受けています。
地政学リスクを「織り込まない」市場の合理性
通常であれば、ホルムズ海峡の封鎖は日本・韓国・台湾にとって最悪のシナリオです。日本の原油輸入の中東依存度は約94%に達し、そのうちホルムズ海峡経由が約93%とされています。韓国・台湾も同様にエネルギー輸入をこのルートに大きく依存しています。
しかし市場は、エネルギーリスクよりもAI半導体の成長ポテンシャルを重視する判断を下しました。野村證券の分析によれば、原油価格と日経平均の長期相関係数は0.15と極めて低く、原油高が必ずしも日本株の下押し要因にならないことが統計的にも示されています。市場参加者は、短期的なエネルギーコスト上昇よりも、AI革命がもたらす中長期的な収益拡大のほうが株価形成において支配的であると判断しているのです。
AI半導体が書き換える国際分業の地図
「世界の工場」から「世界のAI基盤」へ
2026年の半導体市場は、世界全体で約9,750億ドル規模に達する見通しです。このうちアジア太平洋地域が5,262億ドルと半分以上を占めています。注目すべきは、市場の成長をけん引しているのが汎用品ではなく、AIアクセラレーターやHBM(高帯域幅メモリ)といった高付加価値製品であるという点です。
台湾のTSMCは最先端プロセスにおいて圧倒的なシェアを持ち、韓国のサムスン電子とSKハイニックスはAI向けメモリで世界をリードしています。日本企業も半導体製造装置や素材分野で不可欠な存在です。この3国は、AI半導体のサプライチェーンにおいて「代替不可能」なポジションを確立しており、それが株価に反映されています。
ブルームバーグの報道によれば、AI半導体ブームにより台湾と韓国の株式市場の時価総額はドイツやフランスといった欧州主要国を上回るまでに拡大しました。これは、国際分業の重心が従来の製造業一般からAI関連のハイテク産業へと明確にシフトしたことを意味しています。
ハイパースケーラーの設備投資が支える需要
この構造変化を支えているのが、米国ハイパースケーラー企業の巨額投資です。マイクロソフト、グーグル、メタ、アマゾンの4社による2026年の設備投資合計は約6,800億〜7,200億ドルに達するとされ、そのかなりの部分がAIインフラに充てられています。この資金は最終的に、チップを製造するTSMC、メモリを供給するサムスン・SKハイニックス、装置や素材を提供する日本企業へと流れ込みます。
極東3国の株高は、単なる投機的な熱狂ではなく、グローバルなAI投資の実需に裏打ちされているのです。
経常収支の質的転換と「投資立国」の深化
貿易黒字から所得収支黒字へ
極東3国の株高を理解するもうひとつの鍵が、国際収支の構造変化です。日本を例にとると、2026年度の経常収支黒字は32兆8,450億円と、4年連続で過去最高を更新する見通しです。しかし、その中身は2000年代前半とは大きく異なります。
かつて日本の経常黒字は貿易収支の黒字が主役でした。国内で製品を作り、輸出で稼ぐモデルです。しかし製造拠点の海外移転が進んだ結果、近年は貿易・サービス収支が赤字基調で推移しています。代わりに経常黒字を支えているのが第一次所得収支、すなわち海外投資からの配当や利子です。
2026年2月の第一次所得収支の黒字は4兆2,403億円に拡大しました。直接投資収益は2020年時点の約10兆円弱から、直近では約25兆円近傍へと倍増以上に膨らんでいます。日本は「ものを作って輸出する国」から「海外に投資して収益を得る国」へと構造転換を遂げつつあるのです。
「成熟した債権国」が持つ底堅さ
この構造変化は、ホルムズ海峡封鎖のような供給ショックに対する日本経済の耐性を一定程度高めています。貿易赤字が拡大しても、海外資産から得られる所得収支の黒字がそれを補填する構造が定着しているためです。
通商白書2025年版でも指摘されているように、日本経済は国内で生産・輸出することで稼ぐ構造から、海外拠点の利益を還元することで稼ぐ構造へと変化しています。地域別にみると、2020年代に入って米国や欧州向けの直接投資収益が急増しており、投資先の地理的分散も進んでいます。
韓国や台湾も同様に、半導体産業を通じて巨額の外貨を獲得する構造を持っています。韓国の場合は政府主導の資本市場改革「バリューアッププログラム」の効果もあり、2026年2月からは株式投資にかかる税制優遇措置が導入されました。これにより海外への資本流出を抑えながら、国内市場への資金還流を促す環境が整備されています。
地政学リスクの「非対称な影響」
エネルギーリスクとテクノロジーリスクの天秤
極東3国が地政学リスクの直撃を受けるはずなのに株高が続くのは、市場がリスクの「非対称性」を見抜いているからだと考えられます。エネルギー供給の途絶は短中期的なコスト増要因ですが、AI半導体の需要拡大は構造的かつ長期的な成長ドライバーです。
三菱UFJ銀行の分析によれば、ホルムズ海峡の事実上の封鎖後も、迂回ルートや備蓄の活用により原油供給は完全に途絶したわけではありません。一方、AI半導体の需要は指数関数的に拡大しており、この分野で圧倒的な競争力を持つ極東3国への資金流入は加速しています。
市場は「エネルギーは代替可能だが、最先端半導体は代替不可能」という判断を下しているのです。原油は中東以外からの調達や備蓄放出、省エネ対応で一定程度しのげます。しかし、TSMCの最先端ファウンドリやSKハイニックスのHBM製造能力を短期間で代替することは、どの国にもできません。
米中対立が逆に追い風となる構造
米中対立の深刻化も、極東3国にとっては逆説的にプラスに働いている側面があります。米国の対中半導体規制が強化されるなかで、サプライチェーンの「友好国回帰(フレンドショアリング)」が加速しています。日本・韓国・台湾は米国にとって同盟国・友好国であり、中国に代わるハイテクサプライチェーンの中核として位置づけられています。
日本では半導体製造装置や先端素材の国産化支援が政策的に推進されており、TSMCの熊本工場に代表される海外企業の対日投資も拡大しています。韓国ではサムスン電子が米テキサス州での工場建設を進める一方、国内でもAI向け先端パッケージングへの投資を強化しています。米中対立によるデカップリングは、極東3国のハイテク産業にとってむしろ受注機会の拡大を意味しているのです。
ホルムズ・AI投資・台湾海峡の下振れリスク
楽観シナリオに潜むリスク
ただし、現在の株高がすべてのリスクを正しく織り込んでいるとは限りません。いくつかの警戒要因があります。
第一に、ホルムズ海峡封鎖が長期化した場合の影響です。原油価格が長期にわたり高止まりすれば、企業のコスト増を通じて業績悪化につながる可能性は否定できません。日本総研の分析では、戦闘が再開した場合に原油価格が1バレルあたり150ドルに達するシナリオも指摘されています。
第二に、AI投資の持続性に対する懸念です。ハイパースケーラーの設備投資がいずれ減速した場合、半導体需要の急減と極東3国の株価調整が連動するリスクがあります。
第三に、台湾海峡をめぐる緊張の質的変化です。現時点で台湾有事の蓋然性は低いとされていますが、中国の軍事的プレゼンスの拡大は続いており、地政学リスクが一気に顕在化する可能性は常に存在します。
国際分業の進化が問いかけるもの
今後の焦点は、極東3国がAI半導体を軸とした国際分業の深化をどこまで持続できるかにあります。半導体産業の価値創造が「微細化」から「システム統合」へと多様化するなかで、後工程や装置技術に強みを持つ日本企業にとっても商機は広がっています。韓国はAIチップ製造における独占的な地位をさらに強固にしつつあり、台湾はTSMCを核としたエコシステムの競争力を維持しています。
AI半導体の代替不可能性と極東株の二面性
極東3国の株高は、地政学リスクの「無視」ではなく、国際分業の構造変化を反映した合理的な資金配分の結果といえます。AI半導体サプライチェーンにおける「代替不可能性」と、経常収支における所得収支主導型への転換が、エネルギーリスクを上回る投資魅力をもたらしています。
ただし、エネルギー供給の途絶リスク、AI投資の循環的な減速、台湾海峡をめぐる地政学的緊張という3つの下振れ要因は引き続き存在します。極東3国の株式市場は、短期的な地政学ショックへの脆弱性と、長期的なテクノロジー覇権への強靭さが同居する「二面性」の只中にあるといえるでしょう。投資家にとっては、この二面性を正しく理解したうえで、中長期的なポジションを構築することが求められます。
参考資料:
- 日経平均+5.58%・史上最高値6万2833円更新!原油-7%急落と米イラン和平が世界同時株高を呼んだ2026年5月7日の全解説
- AI半導体で勢力図一変、台湾・韓国株が時価総額で欧州諸国を上回る - Bloomberg
- 世界株堅調、米韓で最高値 業績期待でマネー流入 - 日本経済新聞
- 韓国KOSPIが初の7000超え サムスンは時価総額1兆ドルに - 日本経済新聞
- AIブームが時価総額を71%押し上げ、韓国株式市場はなぜ世界第7位へと急浮上したのか?
- 2月経常収支3.9兆円黒字、主役は投資収益 貿易・サービスは弱含み
- ホルムズ海峡の運航状況と原油相場と日本株 | 三井住友DSアセットマネジメント
- 第1節 国際収支構造:通商白書2025年版(METI/経済産業省)
- ホルムズ海峡封鎖で変わる世界地図—改めて問われる「成長投資」とは?| 大和総研
- イラン攻撃が日本株・為替に与える影響 原油高の長期化が今後の焦点 | 野村證券
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