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イラン紛争後の金融市場を横断分析~現金化と再投資の実態

by 野村 康平
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2月28日イラン攻撃と市場急変の構図

2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの軍事攻撃を開始しました。「エピック・フューリー(壮大な怒り)作戦」と名付けられたこの攻撃は、ハメネイ最高指導者の殺害やホルムズ海峡の事実上の封鎖へと発展し、世界の金融市場に激震を走らせました。

株式・為替・債券・コモディティのあらゆる資産クラスが同時に揺さぶられたこの局面では、「瞬足の現金化」と呼ぶべき急速なリスク資産の投げ売りが起き、その後わずか数週間で「再投資」の波が押し寄せるという劇的なサイクルが観察されました。紛争はまだ完全に終結していませんが、4月の停戦合意を経て市場の動揺はひとまず収まりつつあります。次にリスクオフが到来した際の参考として、株・為替・債券・コモディティを横断する「クロスマーケット」の視点からこの2か月間を中間総括します。

「瞬足の現金化」が浮き彫りにした市場の脆弱性

株式市場に走ったリスクオフの衝撃波

攻撃開始直後の3月2日、日経平均株価は前週末比793円安(マイナス1.35%)の58,057円で引けました。VIX指数(恐怖指数)は約35.3ポイントまで急騰し、市場には強烈な恐怖心理が広がりました。三井住友DSアセットマネジメントの分析によれば、原油の輸入依存度が高い日本やアジア諸国の株価指数は、相対的に大きな下落幅を記録しています。

特筆すべきは、VIXが25営業日連続で20を超える水準にとどまった事実です。これは単なる一時的なパニックではなく、ホルムズ海峡封鎖という構造的なリスクが市場に織り込まれ続けたことを意味します。2025年8月の急落(いわゆる「植田ショック」)のときはVIXの高止まりが数日間にとどまったのと比べると、今回の恐怖の持続性は際立っています。

米国のS&P500も下落しましたが、エネルギー純輸入国である日本や欧州の市場に比べると、シェール革命以降のエネルギー自給力を背景にした米国の相対的な耐性が数字に表れました。欧州では欧州中央銀行(ECB)がスタグフレーション入りのリスクを警告するなど、地域間で明暗が分かれる展開となっています。

為替市場で鮮明になった「有事のドル買い」の構造

為替市場では「有事のドル買い」が教科書通りに作動しました。攻撃前に156円前後で推移していたドル円は、3月中旬から下旬にかけて一時160円台に乗せています。野村證券の分析では、米ドルは主要33通貨のうち31通貨に対して上昇し、ほぼ全面高の様相を呈しました。

ドル高の背景には複合的な要因が絡み合っています。第一に、基軸通貨としての米ドルは有事における退避マネーの受け皿として選好されやすい構造があります。国際決済の中心を担う通貨であるがゆえに、地政学リスクが高まるほど「まず確保すべき通貨」として資金が集中します。

第二に、米国はシェール革命以降、中東産原油への依存度が大幅に低下しており、エネルギー面での耐性が相対的に高いと見なされています。ホルムズ海峡が封鎖されても、米国経済への直接的な打撃は日本や欧州ほど深刻ではないという認識が、ドルの選好につながりました。

第三に、原油高がインフレ期待を押し上げ、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ観測が後退したことで、日米金利差が縮小しにくくなり、金利差の面でもドルが買われやすい環境が整いました。ニッセイ基礎研究所の分析では、「イラン情勢の行方がドル円の分岐点」と指摘されています。

安全資産の常識が覆された異変

ゴールドに起きた「安全資産神話」の崩壊

今回の紛争局面で最も意外だったのは、金(ゴールド)の値動きです。紛争開始直後、金価格は1トロイオンス5,296ドルから5,423ドルへと上昇し、「有事の金買い」が一瞬だけ作動しました。しかし3月3日には5,085ドルへ急落し、その後も売りが加速。2026年1月につけた史上最高値の5,595ドルから最大で約25%下落し、4,100ドル近辺まで値を崩す事態に発展しています。

CNBCの報道によれば、SPDR Gold Shares(GLD)などの主要金ETFから数十億ドル規模の資金流出が確認されました。Euronewsも「なぜ安全資産需要が消えたのか」と題した分析記事で、この異例の動きを取り上げています。

金が売られた理由は、米国債利回りの上昇とドル高という「二重の逆風」に集約されます。原油高がインフレ期待を押し上げたことで、市場はFRBの利下げ見送りどころか追加引き締めの可能性すら織り込み始めました。金利を生まない金の保有コスト(機会費用)が急上昇し、ドル建てで取引される金はドル高によっても価値が目減りするという悪循環に陥ったのです。

これは「有事にはすべてが上がるわけではなく、キャッシュ(ドル)が最強の安全資産になりうる」というクロスマーケットの重要な教訓を示しています。地政学リスクの性質次第で、伝統的な安全資産の序列が根底から覆される可能性があるという事実は、ポートフォリオ構築の前提を問い直すものです。

債券市場を支配したインフレ懸念の威力

通常の地政学リスク局面では、投資家は株式から債券に資金を移す「質への逃避(フライト・トゥ・クオリティ)」が起きます。しかし今回、米10年国債利回りは紛争前の4%弱から3月27日に一時4.48%まで上昇し、4.5%をうかがう展開となりました。債券価格は下落方向に動いたことになります。

ブラックロック・インベストメント・インスティテュートは、イラン戦争によるインフレ長期化で国債利回りが高止まりするとの見解を示しました。原油高が物価全般に波及し、「景気悪化よりもインフレ懸念が先に高まる」という、産油国が関与する地政学リスク特有のパターンが鮮明になった格好です。

Bloombergの報道では、英国の国債(ギルト)市場が特に大きな打撃を受けています。エネルギー依存度の高い欧州経済の脆弱性が債券市場を通じて表面化し、英国は「イラン戦争に伴うグローバル債券売りで最も打撃を受けた国」と位置づけられました。三井住友DSアセットマネジメントの分析では、原油価格が3つのシナリオのいずれをたどっても米長期金利は上昇圧力にさらされるという厳しい見通しが提示されています。

停戦合意が引き起こした「再投資」の奔流

株式市場のV字回復と史上最高値更新

4月8日、パキスタンの仲介により米国とイランが2週間の即時停戦に合意すると、市場の景色は一変しました。NPRの報道によれば、原油先物が急落する一方で株式は急騰し、日経平均は同日、前日比2,878円高(5.4%上昇)の56,308円へと跳ね上がっています。

その後の回復ペースはさらに目覚ましいものでした。CNNの報道によれば、S&P500は3月30日の底値から12%以上の上昇を記録し、4月15日にはナスダックとともに史上最高値を更新しました。ナスダックは13連騰を達成し、1992年以来34年ぶりの記録に並んでいます。PBSの報道では、S&P500は停戦合意後の2週間にわたるラリーを継続し、イラン戦争終結への期待が株価を押し上げたと分析されています。

日本市場でも、日経平均は4月16日に一時59,688円を記録し、紛争前の2月27日の水準(終値58,850円)をほぼ回復しました。SBI証券の分析では、「イラン停戦」と原油安を背景に、上方修正期待のある銘柄群への資金流入が加速したと指摘されています。「瞬足の現金化」から「瞬足の再投資」へ――この転換の速さこそが今回の紛争局面の最大の特徴です。

原油市場の急反落と信用市場への波及

停戦合意を受け、WTI原油先物は急落して97ドル台まで値を戻しました。紛争初期に47.3%上昇した原油価格の巻き戻しが始まり、Fortuneの報道によれば「開戦初期の水準」まで低下する場面もありました。原油価格の下落はインフレ懸念を緩和し、株式や信用市場への資金回帰を後押ししています。

Bloombergの報道では、アジア太平洋のドル建て債券市場は4月に過去5年間で最も活発な起債を記録しました。停戦による不確実性の低下が、再投資マネーの受け皿を株式だけでなく社債市場にまで広げたのです。企業の資金調達コストが改善に向かったことで、「紛争で凍結されていた経済活動が一斉に動き出す」というフェーズに入ったと言えます。

ホルムズ95%減と再リスクオフへの備え

停戦の脆さと残る構造的リスク

市場は楽観ムードに傾いていますが、CNBCの分析によれば停戦合意は極めて脆弱です。米国とイラン双方が合意違反を主張する場面が繰り返されており、4月28日時点でもホルムズ海峡の通航量は戦前比約95%減の水準が続いています。エネルギー供給の正常化にはほど遠い状況であり、「停戦」と「和平」の間には大きな隔たりがあります。

Goldman Sachsは、海峡封鎖が長期化した場合、2026年第3四半期までにブレント原油が1バレル120ドルに達する可能性を指摘しています。市場は「早期解決シナリオ」を織り込んで上昇していますが、この前提が崩れた場合、再度の急激なリスクオフは避けられません。NRIの木内登英氏も「イラン情勢の混乱が続く中で進む株高の不思議」と題したコラムで、楽観と現実のギャップに警鐘を鳴らしています。

次のリスクオフに備えるクロスマーケットの視点

今回の局面から得られるクロスマーケットの教訓は3つに集約されます。第一に、地政学リスクの初動では伝統的な安全資産(金・国債)が必ずしも機能せず、米ドルキャッシュが最も信頼された「逃避先」となりました。第二に、リスクオフからリスクオンへの転換は極めて速く、S&P500が底値から最高値更新まで要した期間はわずか約2週間でした。第三に、再投資局面では株式市場が最も速く反応し、次いで社債市場に資金が流入するという順序が観察されています。

VIXが依然として過去の平均を上回る水準にある中、ポートフォリオのリバランスを検討する際は、この資金フローの「順序」と「速度」を念頭に置くことが重要です。

2か月で浮かぶ現金化と第二波リスク

イラン紛争をめぐる2か月間のクロスマーケット分析からは、「瞬足の現金化」と「再投資」が極めて短いサイクルで循環するという現代の金融市場の特性が鮮明に浮かび上がります。ゴールドの急落や債券安という異例の動きは、原油高を起点とするインフレ懸念が従来の「質への逃避」パターンを書き換えたことを示しています。

ホルムズ海峡の正常化が見通せない以上、地政学リスクの「第二波」は常に想定しておくべきでしょう。株・為替・債券・コモディティを横断的に監視し、資産クラス間の資金フローの変化をいち早く捉えること。それが、次のリスクオフ局面を乗り切る鍵となります。

参考資料:

野村 康平

マクロ経済・為替・債券

為替・債券・コモディティ市場を横断的にウォッチし、マクロ経済の変動が株式市場に与えるインパクトを分析する。

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