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日本SaaS株再評価へ、AI懸念後に浮上する割安決算期待銘柄

by 内田 紗希
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AI代替懸念で売られたSaaS株の再評価局面

2026年前半のソフトウエア株は、生成AIエージェントが業務SaaSを置き換えるという懸念で大きく揺れました。野村総合研究所は、2026年2月に北米の主要業務SaaSベンダーで時価総額が一時10兆円以上失われたと指摘しています。日本市場でも、PERやPSRの高いグロース株に同じ連想売りが広がりました。

ただし、売られた理由と事業の実態は分けて見る必要があります。J.P.モルガン・アセット・マネジメントは、ソフトウエア株の株価が弱い一方で、予想EPSは堅調に推移していると整理しています。つまり、相場の論点は「SaaSが終わるか」ではなく、「AIを取り込めるSaaSと、単機能のまま値下げ競争に入るSaaSをどう選別するか」に移っています。

本稿では、国内SaaS株の再評価を、ARR、粗利、黒字化、価格改定、AI実装の5点から読み解きます。決算前後のリターンリバーサルを狙うなら、株価の戻りの速さより、売上継続性と利益率改善の同時進行を確認することが重要です。

ARRと粗利が示す国内SaaS企業の耐久力

Sansanとマネーフォワードの収益加速

SaaS株を再評価するうえで最初に見るべき指標は、売上高そのものよりARRの質です。ARRは継続課金売上を年換算した指標で、来期以降の売上の土台を示します。AI懸念で売られた銘柄でも、ARRが伸び、粗利率が高く、販売費率が下がり始めているなら、株価の悲観が行き過ぎていた可能性があります。

Sansanは2026年5月期に売上高537億6100万円、前期比24.4%増を確保しました。調整後営業利益は84億2700万円で137.0%増、営業利益率は15.2%まで上がっています。2027年5月期についても、売上高637億600万円から653億1900万円、調整後営業利益127億4100万円から146億9600万円のレンジを見込んでいます。

同社の強さは、単なる名刺管理から、請求書、契約、営業データを構造化する「AX」領域へ広げている点です。生成AIが企業データを使って業務を動かすには、名寄せ、権限管理、監査証跡、ワークフローの整備が欠かせません。Sansanは、AIがSaaSを壊す側面だけでなく、AIが使えるデータ基盤としてSaaSの価値を高める側面を示しています。

マネーフォワードも、成長と収益性改善の同時進行が目立ちます。2026年11月期第2四半期の説明では、全社SaaS ARRが476億7000万円で前年同期比34%増、調整後EBITDAが22億8000万円でした。通期ガイダンスは売上高605億円から623億円、調整後EBITDA105億円から115億円へ上方修正されています。

さらに、法人ARRの伸びは顧客数だけに依存していません。法人課金顧客数は前年同期比21.5%増、法人ARPAは12.3%増とされ、価格改定、複数プロダクト利用、中堅企業比率の上昇が同時に効いています。SMB向けの価格改定では、当初想定20億円を上回る24億円のARRインパクトが出たと説明されており、解約率が想定を下回った点も重要です。

freeeとラクスに残る顧客基盤の厚み

freeeは、AI代替懸念を最も受けやすい会計・人事労務領域にいます。それでも、2026年6月期第3四半期の資料では、プラットフォームARRが424億8100万円、前年同期比23.2%増となりました。法人セグメントのARRは327億円で26.8%増、有料課金顧客は71万2000超、ARPUは5万9600円と、顧客数と単価の両方が伸びています。

同社は会計事務所向けの「freee Agent Hub」を発表し、AIエージェントを既存業務の脅威ではなく、専門家業務を支援するレイヤーとして組み込んでいます。第3四半期の売上高は109億円、前年同期比26.8%増、調整後営業利益は4億4500万円でした。調整後営業利益率は4.1%で、まだ高収益企業とは言えませんが、赤字拡大ではなく利益を出しながらAI投資を進めている点は評価材料です。

ラクスは、より成熟したバックオフィスSaaSの代表例です。同社は2025年12月にARR500億円を突破したと発表しました。楽楽精算、楽楽明細など、法改正対応で広がったクラウドサービスを複数持ち、インボイス制度や電子帳簿保存法対応が一巡した後も、企業の業務効率化需要が残ると説明しています。

この4社に共通するのは、単独アプリの利用料だけでなく、業務データ、会計士・税理士チャネル、法対応、ワークフロー、複数プロダクトの束ね売りを持っていることです。AIが入力作業を自動化しても、企業は最終的な承認、証跡、内部統制、請求、支払、契約保管を捨てられません。むしろ、AIが動くほど、正しい業務データを管理するSaaSの重要性は増します。

リターンリバーサルを狙う銘柄選別の軸

黒字化の確度とキャッシュ創出力

リターンリバーサルとは、売られ過ぎた銘柄が材料や決算をきっかけに反転する動きです。SaaS株の場合、反転の条件は「株価が下がったこと」だけでは足りません。高成長の見せ方から、利益とキャッシュを伴う成長へ評価軸が変わっているためです。

第一の条件は、黒字化の確度です。Sansanのように営業利益率が二桁台に上がり、配当と自社株買いに踏み切れる企業は、すでに成長株から収益成長株へ移りつつあります。マネーフォワードのように営業利益のレンジが赤字から黒字へまたぐ企業は、次の決算で黒字定着の説得力を示せるかが焦点になります。

第二の条件は、粗利率の高さです。マネーフォワードはバックオフィス向けSaaS事業のグロスマージンを89%と説明しています。Sansanも2026年5月期第4四半期に粗利率88.0%を示しました。粗利率が高い企業は、広告費や人件費の伸びを抑えた瞬間に営業利益が急に出やすくなります。相場が赤字を嫌う局面では、この営業レバレッジが株価反転の起点になります。

第三の条件は、契約負債や事業キャッシュフローの改善です。マネーフォワードは第2四半期に事業キャッシュフローが四半期で10億円となり、過去最高額を更新したと説明しています。SaaSは前受け課金が多く、売上計上より先に現金が入るモデルです。ARR純増が強く、前受けの積み上がりが続く企業は、会計上の利益より早く財務の改善が見えます。

AI組み込みで変わるARPA拡大余地

AIエージェントがSaaSを代替するという見方は、一定の現実味があります。単純な入力フォーム、通知、定型レポートだけを提供するサービスは、AIやノーコードツールに置き換えられやすいです。特に横断的な業務データを持たず、顧客の業務プロセスに深く入り込んでいないSaaSは、価格決定力を失うリスクがあります。

一方で、AIを既存SaaSに組み込める企業では、ARPA拡大の余地が生まれます。マネーフォワードは「AI Cowork」のリリースを予定し、経理財務領域のAIエージェントを相次いで投入しています。freeeは「freee Agent Hub」やAIヘルプデスク、MCP関連の取り組みを進めています。Sansanは、名刺、請求書、契約といった非構造データを正規化し、AI利用のための基盤として位置づけています。

Microsoftの2026年1-3月期決算でも、クラウドとAI需要の強さは明確です。同社は四半期売上高829億ドル、前年同期比18%増を発表し、AI事業の年換算収益が370億ドルを超えたと説明しました。これは、AIが既存クラウドを破壊するだけでなく、クラウド契約の上に新たな利用料を載せる構造が成立していることを示します。

国内SaaSでも同じ発想が必要です。投資家は「AIに代替されるか」ではなく、「AIを使うほどそのSaaS内のデータとワークフローが必要になるか」を見るべきです。会計、請求、契約、経費精算、人事労務のように、法対応と監査性が求められる領域では、AIだけが勝手に処理して終わるわけではありません。責任ある業務処理の器を持つ企業ほど、AIを追加課金や利用頻度向上につなげやすくなります。

金利上昇とAI競争が招く選別相場の落とし穴

再評価局面でも、SaaS株を一括で買う発想は危険です。第一の落とし穴は金利です。SaaS株は将来利益への期待が株価に反映されやすく、長期金利が上がる局面ではバリュエーションが圧縮されます。業績が伸びていても、利益が遠い企業ほど株価の戻りは鈍くなります。

第二の落とし穴は、AI開発費の増加です。freeeは研究開発費率の上昇について、AIプロダクト拡充や開発投資を進めていると説明しています。AIを組み込むには、モデル利用料、データ基盤、セキュリティ、品質管理、人材確保が必要です。AI機能を出せば必ず利益率が上がるわけではなく、初期段階では費用先行になりやすいです。

第三の落とし穴は、価格改定の持続性です。マネーフォワードの価格改定は現時点で成功例ですが、すべてのSaaS企業が同じように値上げできるわけではありません。顧客が代替サービスへ移りやすい領域では、値上げ後に解約率やダウングレードが遅れて出る可能性があります。決算では、ARRの伸びだけでなく、純増ARR、顧客数、ARPA、解約率を分けて確認する必要があります。

第四の落とし穴は、M&Aによる見かけの成長です。プロダクトラインアップを広げる買収は、クロスセルに成功すれば強い武器になります。一方で、のれん、借入、PMIコストが重くなると、利益改善を遅らせます。中堅企業向けの幅を広げる動きは評価できますが、オーガニック成長と買収効果を切り分けて見る姿勢が欠かせません。

決算前後に個人投資家が確認すべき指標

個人投資家がSaaS株のリターンリバーサルを狙うなら、決算短信の売上高だけで判断しないことです。確認すべき第一の指標はARR純増です。前年同期比の成長率が高くても、直近四半期の純増が鈍れば、次の成長率は下がります。

第二に、ARPAと顧客数の分解です。ARPA上昇だけで成長している企業は、値上げ後の解約率を確認する必要があります。顧客数だけで伸びる企業は、営業効率や販売費率を見ます。第三に、粗利率と調整後EBITDAです。高粗利のまま利益率が上がる企業は、相場の評価が戻りやすいです。

第四に、AI機能の収益化です。発表資料にAIという言葉が増えても、利用料、ARPA、解約率低下、開発生産性のどれに効くのかが見えなければ、株価材料としては長続きしません。第五に、通期ガイダンスの修正余地です。黒字化やEBITDA上方修正が伴う銘柄は、単なるテーマ株より反転の持続力があります。

SaaSの死という言葉は強いですが、国内の有力SaaS企業の実態は一枚岩ではありません。AIに置き換えられる単機能サービスと、AIを動かすための業務データ基盤は別物です。投資家は、売られた銘柄の中から、ARRの耐久力、粗利の厚み、価格決定力、AIの実装力を持つ企業を選び直す局面に入っています。

参考資料:

内田 紗希

新興市場・IPO

新興市場・IPO 銘柄を中心に、成長企業の実力と将来性を見極める。スタートアップのビジネスモデル分析と株式市場の接点を追う。

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